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← トップページへ戻る 日記

新たなる旅立ち(過去の今の人々)

 新しい風が吹いている。力が少しずつ増している感覚がある。今日はわたしの昔の人間関係について話していこう。一番印象に残っている他人といえば、やはり家族になるのか?家族が他人という認識はあまりないのだが、私以外の人を他人として、話を進めていきたい。母親福岡県の南の都市生まれ。たくましい。風邪ひいても、家事はどんなときもほとんどするイメージ。とても優しく、思いやりのある母。いつも飲み物やお菓子などを部屋にもってきてくれる。ごはんの時も、ほとんどいろんなことしてくれる(給仕さんみたいな??)。ありがたいが、一時期それが嫌だった時もあった。今では甘えっぱなしの甘えん坊になっている。

 父親はテニスが好きだ。よくテニスに行っている。週3はテニスしているだろう。仕事しているときは忙しくてテニスできなかったのだろう。うすうすテニス好きなんだろうなとは感じていたけど、やっぱりプレーするの好きなんだ、と思う次第。テニスの4大大会の結果なども気になるみたいで、たまに話題に出てくる。今テニスの全豪オープンをやっているので、もしかすると話題にはのぼってないが、見ているのかもしれない。基本的に優しい。あまり文句や、ああしろこうしろとか言わない。

 父も母も人の悪口などはあまり言わない人。わたしもその点は似たのかなとうれしく思う。逆に、トラブルなどもめごとが家族内ではほとんどないので、外でのトラブルに対しても、対処に慣れていない面があり、その点は、少し厳しい世間を生き抜いていく上では、マイナスかもしれないと感じた。

 他に重要な人。高校時代のテニス部の仲間はわりと覚えている。S、M、TU、TA、M2。よく覚えている。

Sは奇抜な髪型をした男の人だった。わりと真面目そうで、そうでない部分もあったり、エピソードとしては、昔教科書を忘れた時に、別のクラスだったのだが、貸してくれた。ありがとう。

M。Sと昔からの友達。独特の間があって、面白いこともあった。テニスの腕前はだんだんとうまくなっていき、私の次くらいにうまくなっていた気がする。高校からはじめた人にしては、とても成長したのかもしれない。ただ、高校時代のテニス部はまともに顧問がいなかったので、そういう意味では強い高校ではなかったし、個人的な力によるところが大きかった。

TUはテニス部の部長。とてもあざといというイメージが強い。みんなの調和をとるのが、うまいイメージ。イケメンだった気がする。個人的には。

TAはTUの幼なじみ。わりと仲良く一緒に帰ったり一緒に試合に出たりしたこともある。わりとサブカル系の話題もいける。

M2はテニス部の副部長。眼鏡。長身。わたしのダブルスのパートナー。一回だけ勝ち抜いて、予選優勝したことあり。喜んでくれた記憶がある。全校生徒の前で表彰された。MやSとは仲があまり良くなかった??

 そんなこんなで3年間学校に行けたのも、テニス部のおかげだったのですよね。本当にありがとうございました。仲あまりよくない人もいたけど、不登校にもならずに、大学まで行くことができた。それなりに無関心、無頓着さが、発揮されて、かなり変わった子供だったにも関わらず、大きないじめなどはなかった。感謝。感謝。高校が良かったのかもしれない。人間関係やクラスにはなじめずに、いたけれども。なんか楽しいこともあった気がする。なかった気もする。人と一緒にいることになじめなかった。いや、一緒にいたかったんだけども、友達ができなかった。なんでかなじめない感じ。不思議と集団ではうまくやれない感じが、いろんな場面に出てきて、総合的に?かな?人と話すこともあまりなかったしね。嫌われていた面もあるだろうし、実際問題、私は人格的にも、性格的にもあまりほめられたものではないしね。

 よく自分に厳しすぎると言われたりもするけれど、実際、そんなことはないと思ってしまう。ただ、今日チャットで英語でやりとりを少しして、すごいとほめられたのは、嬉しかった。基礎的な英語能力は失われていないのだろうか?よくわからないが、共通試験でそこそこ点をとれるくらいには、あるのだろうか?と考える。スキルアップ。学習することの意味。どうやって、英語を学んでいくか?私の中であるのは、オンライン英会話など、それらの方法で学んでいく方法。だが、講師の質はどのくらいだろうか?不安は尽きないが、やってみてもよいかもしれない。いろんな人がいるだろう。いろんな講師がいるだろう。いろんな生徒もいるのと同じように。

 広い。広い空白が私を書きつのらせる。わたしは空白を埋めるために、書いているようではある。ちょうどよく真ん中(画面の中央)あたりで、書いている文字が表示されているように、繰り上がっている。永遠にこの空白は埋まらないのだ。それを理解しつつも、どのくらい書くことができるだろうか?少しずつ埋まっているようで、埋まっていないような、不思議な感覚。わたしの中で、ひとつの答えが見えようとしている。前に進んでいる感覚が出てきている。わたしの中で、大きな何かがうなりをあげて動いている気がする。それは幻想だとしても、ただのくだらない幻想だとしても、私は私をなぐさめるだろう。「よくやったさ。よくやった。もうこれ以上何もしなくてもいいよ」私はその言葉を聞いて、力を抜き、リラックスしていく。そして、深い、とても深い呼吸をして、力を抜いていく。どこまでも、肉体の中にいる感覚につつまれながら、どれほどの力が私にあるのか、空虚な空白に満たされながらでも、私は生きていくのだ。

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