私はここにいる。この世界の果てに。ひとりの男が私に問いかけてくる。
「あなたはどこまで行っても、人として最低だ。あなたの生きる場所はどこにあるのか?」
私はいつもそのような色合いの質問を聞いてきた。だからこそ、私は私でありえた。私の中に潜む暗闇をどこまで行っても、明らかにすることはできないのだった。ひそかに進んでいく調停工作を前に私は何もできなかった。あの人はどこかへ行ってしまったのだ。あの黒い男はどこにも行っていない、と告げていたはずなのに。さて、人々はなだらかな始まりから、奇跡的な終わりへと人々を迎え入れる。何もない世界から、果てしのない今日だけの世界へと人々を連れていく。どうしたんだ?と問いかける声。私はあなたに問いかけようとしている。どこまで行っても、問いかけようとしている。知っているか、知らないかは、ともかくとして、私はどこかへ連れていこうとしている。何もない世界の空白地帯へと。私は白い大地を前に風を感じている。その風はとても興味深い性質を持っている。暖気と冷気をあわせもっている。誰も知らない。誰もない世界。はたから見ると、面白い物語になっているかもしれないと思いながらも、実際問題、何か得体のしれないものを感じずにはいられない。さあ、どこから出てくる?と言いながら、繰り返しを恐れない気持ちが必要である。私は、私であり続けるために、ここにいることを忘れないようにする。そして、その中で、私は私からの目覚めを受けるだろう。静かに、静かに 満ちていく。私の中から中から満ちていく。消えていく。沈んでいく。その果てにある気概そのものを私に与えてくれないか?私にその気持ちを与えてくれないか?許されざるひとりの人間が、人々を破滅へと追いやる物語でもあるのか?間隙のままに、間隙をぬって、わたしは生き続けている。何を感じているのか?何を考えているのか?人々はわたしから遠ざかっていく。それでも、なお大きな希望があるとしたならば、それは言葉によって形作られるだろう。私のように。私からのプレゼントのように。音が奏でる4つの楽器の音色の中で、私は湯舟につかっている。温かい感覚につつまれている。それと同時に蒸し暑い感覚にもつつまれている。(これは、夏だ)どこかへ行ってしまった始まりとどこにも行かない夕暮れを私はあわせもっている。何もかも真実だと言い張るライオンたちの群れが、私を子羊たちの待つスーパーマーケットへといざなうだろう。象徴的なひとつのものごとを何か自由な尺度で表すのならば、そこに解はない。同様に、そこに快はない。同じことだ。すべて同じリズムの中に閉じこめられている。きっとそれだけのことなのに、それだけのことなのに、私は人柱を作りたがる。そのために生きることはない。そのために、死ぬこともない。私は、意識の中でひとつの光明を見つける。誰でもない誰か。誰かでしかない誰か。人々はなお、ゆるやかな夕暮れを見つめている。ずっと。ずっと。