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← トップページへ戻る 日記

喫茶店にて

 喫茶店にて、お昼ご飯を食べる。ホットケーキ。店は混雑していた。お昼ご飯どきだからか?誰かに同意して欲しいのか?わかる!といって欲しいのか?わたしはナイフとフォークで、ホットケーキをいただく。

 義理の姉が兄に「〇〇さん(わたしのこと)が、いなければ家族仲はいいのに」といっている声が聞こえた。幻聴かもしれないが、事実かもしれないと思う。以前採用していた自分にとってマイナスなことすべては幻聴だと決めつける方法が、最近は全然うまくいかない。気にしていることができると、それが幻聴となって現れるような気がする。そして、ブログのアクセス数が上がらないことで、自分自身に対する否定する気持ちも、もたらされる。ただ、アドセンスが受けれれば、また違うのだろうが、、、。少し大幅にバージョンチェンジしていくべきかもしれない。力のないわたしの生きる道。他人に愛想良くして生きるのも一つの道である。うまくやろうという気持ちが、新しい言葉を生み出すのかもしれない。

 自己を否定する思想そのものが、わたしを苦しめる。その内容を他人が言っているという、家族が言っているという、幻想がわたしをチクチクとさいなむ。大きな気持ちで、鈍感力。渡辺淳一の鈍感力を読んでみた。鈍感という強さ。ナイーブな一面もあるわたしだが、変に鈍感なところもあるのだろう。現に人と話そうとしない態度。無口な態度は、人々を苛立たせているのかも知れない。そういう人もいるだろう。わたしを受け入れられない人もいるだろう。だが、わたしは生きていかなければならない。

 エックスで日に日に元気がなくなっている気がする人がいて、なんとか元気になって欲しいものだ。だが、わたしにはなかなか難しいことだ。せめてものことはしたが、自分自身どうなのだろう?と迷いもある。本人の中できっと色々あるのだろう。かけてくれた優しい言葉忘れないよ。わたしはわたしの言葉であなたに恩を返そうと思う。

 してもらったお返しか、わたしにはできないことだと思っていたが、こんな離れてつながっている人にはできるなんて、奇妙だな。

 そのことをした後に、父が隣の部屋で、驚いた感じがした。1人ではない。だが、そのことが、わたし自身を余計に苦しめているのかもしれない。

 昨日はみんなでひきこもりラジオを聞いた。冒頭で、家族に傷つけられているひきこもりの人のメッセージが流れてきて、うわっ、しんどいなあと思いつつ、だんだんと昔に比べて耐性がついてきたかもしれない。そのまま聞き続けることができて、家族が、その人にとって、悪い環境になってしまう、というメッセージが返事としてきていた。確かにそうかもなあ、でも、わたしの場合義理の姉に嫌われている(かも)だけだから、そういう意味では、まだ救いようがあるなあ。ただ、逆に義理の姉が孤立しないように気をつけなければならない。

 わたしは昨日ある人に嫌われているとチャットでやり取りをしていて、思ったのだが、それは全くの勘違いだった。その人は今日もわたしの部屋に来てくれて、元気に?喋ってくれています。単純にタメ口が、ダメな人なのかな?ですます、必須ですね!外に出るといろんな刺激があり、さまざまな刺激がある。

 

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