クリスマスも終わり、いよいよ年末がやってくる。昨日の夜はぐっすり眠れたようだ。スッキリしている。そこから、朝からチャットをしている。多少疲れもあるが、長時間できるようになってきた。少しずつコミニケーションをとれるように。落ち着いて行動できるように。少し混乱している。言葉がうまく出てこない。わたし自身について、わたしは語る言葉を持たないかもしれない。人々の流れの中で、人々をとらえなおす。なだらかな風の中で、静かに新たな夜がやってくる。わたしは月を見つめつつ、人々をかけがえのない物語へと誘うだろう。わたしはわたしの物語をひとつの始まりとして、ひとつの物語をひとつの物語として、正解へと誘うだろう。わたしのことを誰も知らない。わたしはわたしのことを何も知らないのか?人々の涙から、人々をしずくへと連れて行ってくれる。わたしは迷っているのか?何かを考えつつあるのか?わたしは一員ではないのか?この世界の一因ではないのか?同時に一員ではないのか?わたしはわたしでありつつ、わたしはわたしを変革していく。
積極的な物語を、積極的な始まりの夜の行方、自分を否定する話を自分でして、何を得ようと言うのか?わたしはわたしのことを性格の悪い人間だと言った。本当にそう感じていたのか?いや、ちがう。誰かに否定して欲しかった。だが、現実は、誰も否定しなかった。それが、事実である。わたしはわたしの力を過小評価しているのか?わたしはわたしの性格を人間性という面で、どのように見ているのか?年齢的なもので、変わらず弱さを見せる。踏ん張って、親の面倒を見るようになる。誰かがしなければいけない問題。親の介護問題。わたしにできるか?わたしにそのような大役が、つとまるか?大丈夫!回復する。わたしの人格は私の病によって生じたものでもあるのだ。わたしの自己中心的な性質はなりをひそめるのか?わたしはわたしの世界を狭めていくのか?