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わたしたちという庭の木(25)

 わたしは歩いている。豊かな水の音が聞こえてくる。誰もが知りたいだろう水源はどこにあるのか?とわたしは思う。パソコンの音がする。かすれたような機械の駆動音。出てくるだろう1人の神話が、静かに立ち上がっていく。なるべく大きな音がしているほうを選びなさいと親は言った。わたしはとびきり大きな音のするほうを選んだ。その結果、とても小さな栗の木を手に入れることになった。入ったのは4つの感動。わたしの手のひらの中から、こぼれ落ちていくのは、4つの感動だった。ひどく美しい物語の始まりをわたしはなんと呼んで繰り返しの輪の中に入れればいいだろう?人々はゆるやかに人々を慈しんでいる。人々は誰よりも悲しみを超越しているようだった。わたしは1人の人間として、1人の点のある人間として、ひとつの始まりとひとつの終わりを迎える。誰でもないわたしの声を誰が聞くのだろうか?静かに問われたわたしの魂。どこかへ閉じていく。空間のままに閉じていく。誰もが、人々を追いこんでいく。誰もが人々を解放していく、ようで、実際はそうでない、感覚。入り組んだ構文の中に大きな柱がひそんでいる。わたしはわたしの中にある扉を今や開けようとしている、というのに?できたらいいな、思いつつ、わたしは何もしない道を選んだのか?静かに嵐のように消えていったのか?誰もが消え去る。あなたはまだ隣にいるだろうか?と不安になる。あたたかな鼓動を感じる。あたたかな夜を感じる。誰よりも満ち足りた空の彼方に、誰よりも満ち足りた顔が浮かんでいる。静まりたまえ!と声をかけると、微妙な空気をまとう。そのものゆえに消える。そのものゆえにある。ただ、それだけの軌跡。

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