働いていない。働くってなんだ?頭がクラクラする。働きたい気持ちもありつつも、迷惑かけるだろうな、という思いもある。自信をなくしているのか?それとも、そもそも人がもう嫌いになってしまったのか?自分から行動を起こすのは基本的にしんどくなりそう。先生から、デイケアや就労移行支援を勧められるなら、すんなり流れに乗っていけるかもしれない。だが、現実にそういう話はもらっていないし、あせらずにもう少しのんびりしてみるべきだろうなとは思う。
調子は変わらずに良い状態で安定している。昨日は悪夢が、少しあったが、そこまで大きなものではなかった。朝の目覚めも悪くない。
書くことによって、私の特性を書くことによって、読むに値するものになるのか?私自身の世界。わたしの物語。わたしの小説。わたしの始まりと終わり。わたしの終わりからの始まり。呼吸する。深く呼吸する。私自身のものは、なにもなく、私個人のものはなにもない。失われた最後のひとつ。失われた最後の姿。失われた私の思いやり。失われた私の優しさ。失われた私の人間としての規範。失われた私の道徳。ずっと前から壊れていたんだ。ずっと前から狂っていたんだ。私自身がゆっくりとくるいの中から生じ、くるいの中に眠りだす。わたしはわたしの物語を終わりになる。すべての観点はすべてのわたしへの罪業へと至るだろう。何を言ってるのかわからない?それは、そうだ。わたし自身も混乱の中で、何を自分が言っているのか、よくわからない。自発的な生、自発的な退廃、廃人的な人生。回復してきてはいる。だが、ここから先はどうだろうか?どこまで回復するのだろうか?とわたしは考える。感じているのは、何もない空虚な空。感じているのは寒い風の吹く海。わたしは海岸線に立って、寒い潮風を一身に受けている。対人能力を高めるためには自分自身のことについても、よく知らなければならない。自分のことを今はより深くより深く知る段階。そのためのチャットなのですかね?疑問を持ちつつも、まとまりがあるように。
どこかで改行していきましょう。しんどいでしょう?言葉の羅列でしょうか?自分で自分に問いかける。言葉言葉言葉を信じる。
自分の辛さから逃れるために文章を書いていたような気もする。少なくとも、そういう考えが浮かんだことは事実。わたしはわたしの全てを肯定しようと思う。
午前中。少し家の手伝いをした。段ボールをつぶしたり、ものをせいとんしたりした。
午後も手伝う予定であるが、いつ声がかかるかな?
兄家族が土曜日に来るので、その準備に忙しくなっているようだ。わたしも家事を覚えて、家族を手伝えるところは、しっかり手伝うべし!
なんだか協調性でてきた?社会貢献できそう?わたしは少しずつ社会性を増しているのか?