ハイになれば落ちこむ時が、やってくる。至高のわたしから、落ち着いてきている。だが、書くことに違和感を感じる。心は落ち着いている。
今日は通院に行ってきた。公園のカードの更新にも行ってきた。薬は母にとりに行ってもらった。ありがとう。
母の機嫌良かったり悪かったりの1日だったな。月曜日は、母の感情の揺れが大きな曜日かもしれないな。それについて、関心や注意をはらっているわたしも異常なのか?などと、考えてしまう。
それよりも、今日図書館で臨床心理学の本を借りてきた。図解で、わかりやすく書いてくれているものだ。統合失調症の陰性症状に思考の貧困化、道徳観の低下などとあるのを見て、いよいよ、素の自分でやっていくことに無意味さや、無価値観を感じないでもない。自分の気持ちのままにふるまって、人を傷つけるのもどうか、あるいは、自分の心地よいバージョンと相手の心地良いバージョンのうまいすり合わせが、必要である。
まあ、また明日だ。明日は明日の風が吹く。
目覚めよし。寝つきはよし。少しずつ回復してきている気がする。
そうそう。年内最後の通院について。受付の人がわたしのことを噂して悪口を言っているような気がした。これは、前通院していた頃にもよくあったことだから、特に珍しいことでもない。対応はきっちりしてもらってるし、他の私だけ特別に悪い対応しているわけでもないようだから、妄想も大きくならず。
公園事務所には車で行き、その後、病院に行くつもりだったが、時間が余りすぎたので、一回帰って、電車で行くことにした。また明後日行こうかとも思ったが、結果、その時のパワーありそうだったのと、キャンセルして、また予約取り直すのも大変だと思った。
病院ではわたしに対するいかなる特別性も感じられない。つまり、わたしは完全に1人の通院患者となりはててしまったのだ。それが、ホッとするようでもあり、残念さもあるような変な気持ち。わたしはわたしの気持ち自体を端的に喜んでいるとか悲しんでいるとか、表さずに、他の方法もあったり、なにも感じないと書いてもいいんだって知っている。