わたしは歩いている。少なくとも多くのモノが周りにあふれている。ノート、パソコン、スマートフォン、メガネ、ゲーム機、本、さまざまな物体がわたしをつつんでいる。今でこそ、世界そのものをわたしのひとつの術として、あるようにあるごとくしている。まわりくどい表現形式や、さまざまな厄が、わたしたちを似通わせている。ひとつの答えから、どこにもない世界が生まれてくる。ジョージオーウェルを思い出す。名前だけを思い出す。他の知識は乏しい。1984を書いたとか、動物農場を書いたとか、そのくらいの知識で、それらの作品がどんなものか今では忘れてしまった。どこまで行っても、わたしという人間は!と愕然とする。孤独の歌を歌おう。さらば!我が友人をしずめたまえ!ああ!混乱と怠惰の日々が始まる。わたしたちはただそれのみ。わたしたちはただそこのみ。巨大な象徴物が、空に浮かんでいる。求めているのは、豊かな平原の大地。そこからはじまる緩やかな夢を追いかけながら、わたしたちは世界を作り変えていく。ゆっくりとゆっくりと誰にも見えないくらいゆっくりとはっきりとさせない形で、人々は行進している。その先には何もないぞ!わたしは告げる。あなたたちは何もみていない。わたしたちの世界はただ大きな丸い形をしているだけなのだ。闇は終わりを告げる。
どこまでも告げることない終わりの始まり。何もない物語の延長。形のない万物の王。人々の中に巣食う笑いピエロ。答えのない1人の男が答えのない道をただただ歩き続ける。
健やかに生きる小さなものたち。どこかに行った夢の猫たち。日々の確定者は、どこにもあるはずはないと信じ続ける。期待する物語。人々の青海の空。結論まだまだそこから出てこない。結論は妙なる人から言葉から静かに立ち上ってくる。どこからも君はここにいない。どこにもない静かさは、やる気のないわたしたちの意欲を奮い立たせる。