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わたしたちという庭の木(15)

 わたしはまた眠っている。眠りの中で悲しみが増えていく。静かな夜とともに朝日とともに悲しみは繰り返す。感情がわいてくるとき、いつも感じる虚しさ。感情が閉じてしまうとき、いつも感じる哀れみ。わたしは白い空を見上げて、君を思う。どこにいるのかと。わたしは誰よりも強くありたいと願う誰よりも弱い存在だ。誰よりも弱いからこそ、誰よりも強くあることを望む。なんという小さな心だろう。この小さな心に私は何を積めるだろうか?わたしは何も積み上がらない絶望に何かをそっと言葉から外してしまう。感じられるままに、わたしは感じることができる。反対にその感じ方は何も誰とも共有できない。そこに神秘の泉が湧き上がる空間が生まれるのです。わたしは水を飲み、その冷たさと厳しさに涙する。そして、その先にあるあたたかな世界へと歩みを進める。どこに行っても、先にあるのは、夜の静けさ。どこに行っても、そこにあるのは、朝の静けさ。何もない空間に音だけが静かに反響している。「君は君でいいんだよ。何も変わらなくていい。君は君として生まれて、君として死んでいく、それだけだ。存在は生命を超越する。存在の前にあるべき生命は、存在に追い越されて、存在に先行されてしまう。いつだって先にいるのは存在だった。いつだって先にいたのはわたしで”ある”。

 君の声が聞こえなくなった。わたしは一人旅立つべき時なのだろうか?すべての行動をわたし自身で背負うべきなのだろうか?わたしはここにいる。この物悲しい世界の渦の中に。バラバラになった秩序の中にわたしは1人秩序あるものとして、存在を変えていく。無秩序なあなたへと。何も考えはしないあなたへと。

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