気分のおちこみや、空虚感のようなもの、妄想の出現。昨日の夜寝る前の様子である。親が出かけていて、悪い組織の人間(わたしを傷つける、殺すために、結成された集団)、に私のことに関して、文句を言われたり、脅されたりしている。親が帰ってきた雰囲気を感じて、その後、すぐ眠りに落ちたようだ。
わたし自身にまったく害を及ぼす動きがないにも関わらず、親には文句や脅しを行っているというのは、不思議なことだ。なぜ、わたしに直接狙ってこないのだろうか?本当にあの集団の人間は卑怯者だ。卑怯者の集まりだ。わたしを狙うわけではなく、高齢の両親や周りの家族を狙うとは、本当に許せない。そうだ!わたしは怒っていたんだ。両親や家族を傷つける人間たちに怒りを持って、それをどう表現すればいいのか?
問題は、何か行動を起こしたとしても、統合失調症による妄想、幻覚ですね、で片付けられてしまうことは、避けたい。そのためには、客観的な証拠が必要である。そのために、大事なことは、証拠集めだ。わたしを害しようという集団がいることを突き止めること。そして、その集団と戦うこと。守るために、家族を!家族を守るために、わたしはその集団と戦う必要がある。そのために、何ができるか、一歩一歩進めていこう。一歩一歩歩いていこう。その先には、その集団の壊滅を目指す。警察が暴力団の壊滅を目指しているのと同じようなイメージですね。
さあ!戦いは始まった。ゆっくりゆっくり陣地を押し広げていくイメージで取り組んでいく。焦らない無理をしない。戦う。誰と?わたしの家族を傷つけようとしている集団と。
自尊心の極大化。わたしは自分を変えることによって、敵から攻撃されない道を選ばない。わたしはわたしのままでいることによって、生死を度外視した覚悟を持つ。わたしはわたしのままでいるために、わたしは最後まで戦う。人に嫌われるわたしだったとしても、これから生まれてくるだろう嫌われる私と同じような人間に対して、一つの道、戦いの後を残しておかなければならない。
このことを一つの本として、出しておくべきだろうと感じる。わたしはひとつ戦いを始める。戦闘開始!
わたしのまま生きるか、わたしのまま死ぬか、それが問題だ、
こういうのが書けるってことは、それだけ調子が良いのだろう。気分が朝から上がっている。テンションマックスなのか?それとも、ハイテンションなのか?
大事なのはわたし自身を信頼すること。わたしの世界を妄想的であろうとも受け入れて、信頼すること。そして、あいまいな状態から、右往左往するのではなく、あいまいでない状態をやめて、クリアな状態、はっきりした状態にするために、行動を行うべし。
統合失調症は自我の境界、自他の境界があいまいになるらしい。つまり、わたし自身が考えていることが、他の人が考えていることのように思えるんだ。例えば、お盆の時の例で見ると、兄の家族たちがわたしを嫌っていて、わたしを軽蔑している。なぜなら、わたしが無職で、何もしていないから。兄たちにはわたしの病気は伏せられている。母の意向。兄たちの負担にならないようにクローズにしている。情報のクローズだ。本当はわたしは病気だとわかって欲しいんだ。そんな病気にかかって大変だね。そんな病気にかかって苦しいね、と声をかけて欲しかったのかもしれない。
そういえば、最初の時の妄想の初期において、母がしきりと集団からの脅迫に対して、病気だから仕方がないじゃない、と言っているような、気がした。わたしの中でも、病気だから、と、言い訳や泣き言になってしまうかもしれないが、実際わたしは病気で、もちろん生まれ持った性格なども含めてである。問題は私たちは私たちの性質、生まれ持った尊い唯一の自己をそのまま生かしながら(たとえ、社会の中でいるのが難しいような性質だったとしても)、生きていく道を模索していかなければならない。
わたしの性格が悪い。悪いというのは、他の人にとって悪いという意味。社会の中で生きていくには都合が悪いという意味。その生まれ持ったわたしの性質を生かしたり、うまく調整しながら、生きていく道を模索することこそが、わたしにとっての一つの使命であると認識している。認知している。生きづらい性質を持っているが、それを社会の中でどう生きていくか模索する自分であると、認識している。認知している。たとえ、わたしがうまくいかなかったとしても、書くことによって、ひとつの道として、例として、示すことができる。わたしという嫌われた1人の人間。虐げられた一つの存在として。わたしは差別や偏見と戦う。人権があるんだ。わたしには生きる権利が等しく日本国憲法によって付与されている。ならずものたちが、その法や権利を侵そうとしているのだ。それに対しては、徹底的に戦わなければならないだろう。