×

何をお探しですか?

キーワードを入力して Enter を押してください

コンテンツにスキップ
← トップページへ戻る 日記

モーニングページ11月12日

 復活モーニングページくんですじゃ!

 うんうん。モーニンページ復活です。今日からまた再開するのか?それとも、今日限りの復活なのか?今現在ほぼほぼ9時なので、9時半まで書き続けよう。書き続けるのは大変だ。一過性のことではなく、継続力が必要とされる。それでも、好きだから書いている。昔NHK時代劇で藤沢周平原作の風の果てというドラマがやっていたのを思い出す。おさななじみの身分の低い武士の怒り。「好きだから、好きだから付き合ってきた」うーん。見てない人は何のこと言ってるのー?と首を傾げるだろうけど笑。わたしの中では強烈に印象に残っていて、今もこの胸の中にくすぶりつづけている。最近、くすぶる、という表現を使うけど、正確な表現で使えているだろうか?誤用はご容赦ください!なんて!アホみたいなダジャレ言ってる場合じゃないですよ。

 運動野。連合運動野。脳の神秘。脳の機能。わたしの脳。切り離された現実と幻想のイマジネーション、コラボレーション。リズム雰囲気?あれ?youtubeで、わたし益田先生の診察室で何を話したら良いのか、という動画を聞きながら書いている。ーしながら書くというのも、良いかもしれない。患者として、何を話すべきか?調子の悪いことを自分の体に起こった変化。何がわたしの調子を悪くしているのか?もしくは、良くしているのか?

 今はっきりしている事実は、わたしには調子の悪い日と調子の良い日がある。

 昨日は割と調子が良くて(それでも、日中1時間ほどは寝た気がする)、一昨日はほとんどブログも書けないような状態あるいは精神的に安定せずに、はちゃめちゃな週末だったこと。ある程度波があり、無理しないことは必須だが、突発的に何かを始めようとしてしまう傾向はあまり良くない。結局のところ続かずに終わってしまうのだ。

 本を作る。本を書く。という行為に対して、何をどう考えるか?わたしは文章を書いて本を出版している。それは事実である。そして、書き続けると誓った、あの日。どの日だよ!って、ツッコミが入ります。

 昨日は不安を小説にすることで、ひとつ軽くなった。そして、わたしは一つの答えを昨日見出したのだった。それは、嫌われ者のための物語。嫌われている自分の境遇とあわせて、その世界観で小説を書いていくのだ。そう。基本となる世界観。基本となる軸。人の真似をしても意味がない。わたしはわたしの物語を書くだけである。少なくとも、今は書くのを楽しい時がある、苦しい時にせよ、書くことで癒やされる面もある、ならば、わたしにとって書いている意味がそれだけであり、なおかつ他者とのリンク。嫌われ体験の経験者との接点が生まれる可能性もある。わたしはいつも考えている。いや、違う。わたしはいつも考えていない。何もかも考えていないこの世界。ゆるやかに人々を連れ去っていく、この流れに身を任せるべきなのだろうか。人々という原罪。何を感じているのか。考えずに感じるのだ。言葉にして感じたことを出すのだ。感情の高まりをいとつの綱としてぶら下がろう。自分を重くしすぎるな。自分の重みで転げ落ちてしまうから。わかりますか?わかりますか?あなたはわたしのことを知っていますか?自分1人が苦しいのではない。仲間はいっぱいいるんだ。こんなにも苦しんでいる人はいっぱいいる。それが、表に出てきていないだけだよ。社会にはいろんな人がいる。わたしたちはいろんな世界を生きている。感じたまま生きていく。生きているからこそ、感じるんだ。わたしの風を感じるんだ。冬の冷たい強風がわたしの胸を突き抜けていく。わたしは何か悲しみに似た悲しみとは違う感情に突き動かされる。この気持ちを何と表現したら良いのか?わたしはわたしであり続ける。あなたはあなたであり続ける。トラウマ。わたしの中に入っているトラウマティックな物事。中学2年生の頃。わたしの友達が同じクラスのグループに連れていかれた。小突かれて終わったらしいが、助けなかったわたしはとても無力感じたし、とても申し訳ない気持ちになった。だって、たぶんその時はわたしたちは友達だったのだから。その悔しさと自分自身の情けなさ、と向き合っていく。向き合って、その向き合う自分に楽しみを感じているわたし。何か喜びを感じているわたしは異常なのだろうか?とも思う。普通そういうトラウマは、わたしの中の深い傷となっているはずだが、現実にそうなってはいないのだろうか?だとすると、覚えていることもまた、合点のいかないことである。通常、どうでも良いことは、忘れているだろうから。でも、わたしは、その出来事を覚えている。つまり、わたしにとって、30年間その記憶は残り続けている。これをトラウマと呼ばずして、何と呼ぶべきだろうか?わたしは過去に戻ってどうしたかったんだ?友達を助けたかったんだ。そう。やめろ!わたしの友達に手を出すな!と言いたかったんだ。でも、怖くて何もできなかったよ。わたしは自分の身が可愛いだけの意気地なしだったんだ。そう。その自分が今では変わったかというと、変わってはいない。相変わらず、怖いことからは逃げるし、孫子の兵法どおり、逃げるをいちばんの方法としている。なぜか、中途半端で逃げ癖のあるわたしが何かを続けられる可能性はある?わたしは今ブログを書いてまだ2ヶ月ほどである。なんとか1ヶ月続き、なんとか1ヶ月半続き、わたしは今に至る。どうなるんだろうね。わたしの未来はどうなっていくんだろうね。人生の物語はわたし自身の物語を書いていく行為である。であれば、であれば、わたしの物語はどこへいくのだ。同じ言葉の繰り返し、良いじゃない!深く深く同じ物事を掘っていくのも、良いじゃないか!ねえ?聞いてくれるかい!きみ?

 わたしは書くのが好きだと今はこんなにも感じているんだよ。

コメントを残す