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空白のイデア(37)

 ジェイクは自分がどこに行き着いたのか、半分把握していたが、もう半分はわかっていなかった。すでに黒い雲はあたり一面をおおっている。終末の夜にふさわしい色と香りが、ここにはある。明るい子どもたちの声もする。感じる幅はとても小さく大きなものだ。のんびりとした野生の動物が鳴き声をあげる。ひとりでに動き出す人形たち。クマの姿をしたぬいぐるみがじっとうるんだ瞳でこちらを見つめている。「クマタローなのか?」ジェイクの声にぬいぐるみはわずかに微笑んだ気がした。

 ジェイクは丘の見える公園までやってきた。歩いても歩いても丘にはたどり着かない予感がしていた。ふいに、とても大きな悲しみが風とともにやってきた気がする。ジェイクの目には大粒の涙があふれる。

「どうして、どうして、こんなにも世界は美しいんだ」つい先程まで、思ってもいなかっただろう言葉がふいに口から出た。声にならずに虚空にむなしく消えていく声たちの葬儀場。ジェイクは自分が夢を見ているような感覚を味わっていた。とても厳かな夢の祭壇にジェイクは一人で祈りを捧げている。ふいに他の魂のような光るものが寄ってくる。

 ジェイク、ジェイク、とその魂は呼びかける。「あなたはよく生きた。とても必要な悪の一部をなしました。だから、もう休んでください」ジェイクは肩の力を抜いて、静かに座りこんだ。いつの間にか、夕日が沈みかけている。とても時間がゆっくりと流れているように感じた。こんな感覚はずいぶん久しぶりだ。新しい朝日がやってくるまでには、まだまだ時間があるだろう。私はのどかな牧場の中で、ひとり昼寝をしているのだろう。

 ジェイクはふいに思考停止をした。何もない風景が何もない感情とともに過ぎ去っていく。クマタローも、どこかへ行ってしまった。ありがとう。誰かが言った。女性の声だ。どこからか聞こえてくる。わかるのは高さや低さ声質ではなく、女性の声だ、という認識しかない。その中で、他の一切の要素を合わせ持たないため、ジェイクは、女の声が誰か判別できない。ひとしきり悩んだ後に、ジェイクは考えるのをやめた。ああ、そうか。すべての人類の声だったのだ、と思った。ジェイクは内容に注意を向ける。

ありがとう。

その言葉だけだ。純粋にそれだけが虚空に踊っている。そして、消えていきそうで、まだそこにあるのだ。ちょうど、この世界のように。ジェイクが生きている世界のように。その果ての果てまで行き着いたジェイクは、なだらかな感情を思いっきり光にぶつけようとするが、どこにも行かなくなってしまう。ただ、暗闇だけがジェイクを満たしつつむものだった。強烈な光が、照らす大地から、何も光のない暗い大地へとゆっくりと掘り進めていく。

 かすかにまた女の声が聞こえる。そして、途切れ途切れになっていく。だんだん遠くなったもの、もう二度と戻ってこないようだった。

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