大きな口をあけた魚が泳いでいる。真っ青な水の中をゆっくりとしっかりと。私は部屋の中を見る。明かりはついている。誰かいるのかもしれない!と思ったが、物音は聞こえない。きっと電気を消し忘れて、部屋の持ち主が出ていっただけなのだろう。思いのほか激しく重い沈黙が流れている。
またその沈黙をやぶって魚が進んでいる。着実に動く魚とともに、知っている人のどこか懐かしい記憶がよみがえる。きっと父だろうと、鈴木は思う。その間、ずっと音楽は鳴り響いている。演説のような訴えかけるような歌詞とともに、テンポの速いリズムでラテン系を思わせるメロディーが続く。その中で、感じるわずかなラフマニノフに鈴木はひとり考える。
きっと私はこの世界とあの世界を行ったり来たりしているひとりの人間であるらしい。それでも、私はひんやりとした麦茶を飲んでいる。外はもう冬に近い秋であるにもかかわらず。すでにいろいろな要素が、静かに折り重なって倒れていくのをじっと見てきた。始まりがいつも終わりであるように、私は終わりを待っていた。だが、いつまでたっても、終わりはやってこない。
その悲しみが生きる哀しみに勝利することもある。そんな時に、いつも私に声をかけてくれたのが、あの人だ。私を拒絶しつつ、最後には受け入れてくれた人。死ぬ間際に私に心を許してくれた人。彼女の物語を聞いたときから、私はひとりの人間として、心底から上昇して、舞い上がった。
その一瞬を頼りに私はこの世界を見渡し、この地位を築いた。そして、終わりを迎える時が来た。明かりは消えようとしている。静かな終わりが、なだらかな始まりを告げようとしている。新しい風が待っている。
「ジェイク。後はあなただけだ。残されたのはあなただけだ。最後の約束に従って、あなたは行かなければならない。あの世界へ。失われたようで、失われていなかった”あの”世界へ。ダルムヘイブン。そう呼ばれる場所」