妻が突然亡くなった。ガンの末期だった。3か月の間、痛みの緩和を主題とした病院に通って、安らかにいった。鈴木も葬儀の席に姿を見せた。ジェイクもだ。そして、彼らは一礼して去っていった。
佐藤はなお妻の思い出をかみしめていた。浮き輪の空気を抜いた夜。狭い世界のヒヤシンス。様々な怒りがわいてきたが、これも必然なのだろうとあきらめに似た気持ちだった。鈴木は、葬儀の日以来ぷっつりと顔を出していない。妻の戸籍が書きかえられ、鈴木と婚姻関係にあったことになっていると知った。鈴木に対して、怒りはわいてこなかった。ただ、むなしい鈴木への哀れみが佐藤の中をじんわりとひたしている。
「なあ、佐藤さん。あなたは鈴木さんに怒る権利があると思うんだがね。どうして、そうしないんだい?私のようなメンツやプライドに生きてきた人間にとって、それはとても大事なことのように思うんだよ。少なくとも、奥さんは、あなたの妻だったんだろう?」
ジェイクは葬儀から2週間後、ふらっとやってきて言った。
佐藤は泣いた。
「俺だって、俺だって、怒りたいよ。でも、悲しみが、悲しみがいうことを聞かないんだよ。どうしたらいいんだ。このぽっかりと胸の中にあいた穴にすきま風がヒューヒューと吹き抜けていく様を。俺は、今猛烈に悲しい。なぜなら、妻がガンで死んでしまったからだ。ジェイクさん、そのことは、わかってくれるね?」
ジェイクはあくまでジェイクだった。
「俺はジェイク。裏稼業の人間。涙流して、人の死をいたわる資格のない男さ。佐藤さん。だが、一般論として、あなたの悲しみはわかる。だから、私はあなたに提案する。鈴木に復讐しないか?」
佐藤は驚いて、ジェイクを見る。ジェイクの目がキラリと光る。