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空白のイデア(5)

 ジェイクという男がやってきたのは、9月の季節の変わり目の日だった。長かった夏が終わろうとしている。暑さも、急に冷たさをともなった風に代わっていく。佐藤は、仕事場の帰りにジェイクに会った。

「佐藤さん。私は金を払って雇われた人間だ。それだけの男だよ。だが、金をもらっただけに何かしなければならない。私が頼まれたのは、あなたとあなたの奥さんを別れされることだ。法的にじゃなくてね。あなたたちが、離婚決定通知書を見ても、変わらずに生活している。そして、実際、籍を役所で抜かれていたとしても、あなたたちは表面上、変わらない生活をしているようだ。そうだね?いや、聞きたいのは、そいうことじゃないんだ。あなたは、いいひとだし、なかなか立派な人だと鈴木も言っていたよ。私もそう思う。長年裏稼業をやってきて、いろんな人間を見てきたんだがね、あなたはなかなか立派な部類の男に入るだろう。もちろん、鈴木とは社会的地位も、収入も資産もくらべものにならないけどもね。私は鈴木からお金をもらいはした。でも、やる気がうせたんだ。私にも、そんな気持ちがあったのか、というくらいだ。これでも、かなり仕事熱心だし、信頼というのを大事にしてきたつもりだからね。そう。だけども、今回は、お金をもらって何もしないことに決めた。ただ、あなたにその分のお金を渡したくてね。受け取ってくれるかい?私は、もうこの町には来ないだろう。そして、海外の物価の安い国で、地元の人々に混じって日常を過ごすだろう」

 佐藤は、ジェイクという男をもう一度見た。身長は180cmをこえている。頬には刃物で切り取られたような傷のあとがある。服装はいたってシンプル。おそらくユニクロで昨年冬に発売されたアウターに黒のボトムス。どこにもでもいるわけではないが、よくあるスタイリングのひとつでもある。彼の言っていることは、理解できなくもないが、なぜ佐藤は自分にお金を受け取らせるのか?がわからなかった。なので、断った。ジェイクは「そうかい」とだけ言って、手を振って、佐藤の家とは反対方向に去っていった。

 帰ると、妻の明恵が、料理を作っていた。「今日は職場で、おみやげもらったから、食べて。テーブルに置いてる」む。鳩サブレ。うまい。

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