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空白のイデア(3)

 佐藤は妻との出会いを思い出す。滝のひんやりとした空気。緑の生い茂る森。水を含んだアスファルト。ベンチがある。滝を見下ろすようにベンチがひとつ備わっている。そこに、一人誰かが座っていることに気づいていた。だけども、よくその人物がどういう人で、どういう目的でいるのか、考えてもみなかった。佐藤はこの時、滝を見下ろして、得たいの知れない恐怖に打ちひしがれていた。それは、恐怖というよりも畏敬の念と言ったほうがいいだろうか。

「いい滝ですね」ベンチの人物が言った。この時初めて、女だと気づいた。20代には、見えたが、不思議と大きなほくろが頬と眉間にふたつあった。私に言ったのか?とそんなはずはない、と打ち消そうとしたが、女がもう一度言った。「どこから来たんです?そこのアロー帽子の方」アロー帽子というのは、この地域の服職人俵田道重という男が、作って流行らせようとしている帽子だった。矢のように、ひと昔前でいうと明日のジョーの主人公矢吹さんのリーゼントのような形をした帽子だ。この地域では、そのときだけ一時的にブームになっていた帽子のことを言われた。かぶっているのは、この滝の広間で、私だけだった。

「いやね。この滝があんまりきれいな、、、うーん、きれいなというのも、違うな。落ちてくるような空とともに落ちてくるといった表現がぴったりかなあ。ああ、さきほどの質問に答えますと、私は地元の人間です。あなたは?」

 妻は日傘をさしていた。少し日傘の先を上へあげると「私もこの土地の人間ですよ。アロー帽子をかぶっているのは、やっぱりこの土地の方でしたね。俵田さんとは私も友人なんですよ」

「ほお。あの俵田くんとね。あの変わり者が、友にするなら、あなたも、多少変わっているのかな?いや、なんと失礼なことをいいましたね。申し訳ない」

「あははは。いえ、ちっとも。私は一向にかまわないですよ。俵田さんって変な方だと思いますもの。決して悪い人ではないんですけどね。なんか感性が独特というのか。奇妙な感覚をこの前お会いした時もしたんですよ。俵田さんとは浅からぬ仲なんですか?」

 少しふざけたように笑みを浮かべる妻。

「いえ、そういうわけではないですよ。彼のことでは、たくさん積もる話もあるので、そこの茶店(ちゃみせ)に入りませんか?」

「いいですよ」

 そうして佐藤と妻は仲良くなり、当時の佐藤の境遇(自分から浮気していないのに、常に浮気されてパートナーと別れている)を妻が聞いて、佐藤にいっそう興味をもって、デートが始まり、数か月でゴールインしたのだ。つまり、結婚したのだ。

 市長の鈴木はついに条例案をつくった。

既婚女性がよりよく離婚しやすくなる条例らしかった。女性の意志ひとつ、または、男性に夫たる能力が認められないとき、妻とは離婚しなければならない、とある。

 なんだ??!この法律は?佐藤は驚く。数日後、一枚の紙が送られてきた。

「離婚決定通知書」

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