結びつきを描こうというのか?私に彼は言うだろう。「もっと悲しみを描け」と。だが、と鈴木は思う。私はすでに多くの悲しみを知りすぎている。まるで、水分子が海にいくつあるか、数えるのが無意味なくらいに。鈴木はすでに佐藤の妻へとなっていた。少なくとも、物理的な姿、外見的な姿においては、身長においても、いかに遜色もなく形作られていた。その原理がどういうものかは、よくわからないが、鈴木はもはや鈴木でないのかもしれない。だが、脳内にある記憶は鈴木そのものであり、鈴木はなぜ佐藤の妻のような外見になったのか?いや、違う。なったのではない。「した」のだ。その点は、とても明確なひとつの基準があり、あらゆる現代医学、あらゆる権力のなせる技によって、鈴木は佐藤の妻の外見へと変貌した。ある時、秘書がたずねた。「なぜあなたは女の人になろうとしているのですか?」鈴木はその時、満面の笑みを浮かべて、答えという。
「私はすでに女だよ。というより、女でもないのかもしれない。ただの性別をこえた最後の人間になろうとしているのかもしれない。アダム、とイブより前の世界の性というものの、始まりだ。その始原に立ち返り、今私はひとつの結論を実験的に考察しているんだよ。わかるかい?君?わかるかい?」
もはや、秘書にとっても、国民にとっても鈴木は狂人かもしれなかった。(ある意味佐藤の持つ狂人性とは違う意味での過度に人間そのものの欲望が突出した形で表現された狂気)
秘書はその顔を見て思う。(鈴木先生はきっともうこの世の理をこえたところにいるのだ。あとは、その理が、どこまでいって、どこに終わるのか?という問題が、世界にとって大事になるだろう。まもなく、約束の時が来る。あのN教の佐藤が予言した炎の柱の日がやってくる。一体その日は人間にとって何を意味するのだろうか?
20XX年春10時21分。
突然都会の一画で炎が上がった、それは、人から上がったという。人が燃えて、爆発したというのだ。鑑識によると爆発物の痕跡はなく、ただ、人間が自然に発火した模様とのこと。一体何が起こっているのか、わかりません。ただ、爆発した人物はN教やほかの宗教団体と関係のある人物ではなく、都会の小さな会社に勤める会社員であるとのことです。この件について鈴木総理は、N教の佐藤教主を呼び出して話をきいていると報告が入っている。