初めて見る男が玄関に座っている。教科書に出てくるアレクサンドロス大王の絵にそっくりの男だった。少しカールした髪、冷酷そうな目、たくましい体。佐藤は考える。
一体なんだって、この男はここにやってきたんだ。私はおおむね妻に男がよりつかないように極力交際もおさえてきたし、若い男の影の入りようのないほど、妻の予定をつめこんだりもした。それなのに、なぜ、今になって、これほどたくましくエネルギーにあふれた男が私を訪ねてくるのだ。これまでのことは、水に流せとでもいうのか?私は多くの付き合ってきた女性から浮気をされて別れてきた。自分から浮気したことは一回もないにも関わらずだ。それを、やっと見つけた妻(とても非社交的で、友達や交友関係の狭い女)に対して、ここまであけすけに家まで訪ねてくるとは。だが、待て、まだわからない。不安のうちの9割は起こらないらしい。この男は、きっと近所の男で、うちの猫が庭でふんをしますといった程度の苦情を言いに来た可能性も捨てきれないのだ。
「佐藤さんですね。実は私、あなたの奥さんに一目ぼれしましてね。ぜひ、結婚したいと思っています」
佐藤は驚いた。不安は的中した。しかも、ものの見事に。佐藤は順を追って話を進める必要があった。
「まず。あなたのお名前はなんですか?それと、いきなり妻と結婚したいって、妻の何を知っているんです。軽い気持ちで、そんなこと言われても、なんともしようがないですよ。あなたは妻と以前から関係があるんですか?」
男はにやにやと笑いながら言う。「いえ。私は奥さんと初めて会いました。ただ、私はこの市の市長をしておりまして、今は離婚して独身です。子供もいません。私は人生において、大事にしていることのひとつに直観というものがありまして、その直観に奥さんがビビッときたわけです。これは、もうだいたいのことは、その通りになる。私の望み通りに、なるものですから。早いほうがいいと思って、お訪ねしたしだいです。ちなみに私の名前は鈴木といいます。この市の市長といえば、多くの人は「「ああ、、あの鈴木さんね」」と言ってくれますよ」
佐藤は一気に疲れが出た。「とりあえず、今日は帰ってくれませんか?私は関係ないので、あとはあなたと妻で勝手にやってください。妻があなたと結婚したいといえば、私は離婚してあげますよ。それだけです」
鈴木という男は、首を横に振って、帰っていく。「では、そういうことで。奥さん。また会いましょう」
妻はびっくりして、佐藤に言う。「変な人。もう来ないよ」
佐藤もそうであってくれと思った。だが、男はしつこく毎晩仕事終わりに妻を訪ねてきた。
妻は社交的な人間ではない。「ああ、ええ」くらいの返事しかしない。
それでも男は、さまざまな面白いだろう話をひっさげて、彼女と親密になろうと努力を続けている。「車は駐車場にとめてきました。奥さんと長くお話したいので」
佐藤はだんだんとこの鈴木という男がかわいそうになってきた。妻は一向に鈴木になびこうともせずに、適当な相槌を打つだけである。
佐藤の妻は思う。
この人はいったい何者なのだろう?本当に市長としても、あまりにも、ばかげている。不倫なら、せめて隠れてやるものだろうに。いや、真剣交際をほかの人の妻に申し込んでいるのは、不倫にあたらないのかな?だが、この男、本当に王者のような自信にみちあふれている。アレクサンドロス大王が現在にいたら、きっとこの男のように自信満々なのだろうな。私は佐藤の妻であるが、それは、佐藤が数々の彼女、奥さんから浮気された経験を持つからでもある。つまり、佐藤のことをとてもかわいそうであり、なおかつ、いとおしいと思っている。このふたつの感情のバランスは謎であるが、そんなわけで、私は、この男鈴木アレクサンドロスに見向きもしないだろう。
1週間のち、男は来なくなった。妻は「ほら、見たことか」と自分の予想があたったことを喜んだ。
佐藤は倉庫で働いている。備品の管理だ。データにある数だけ、ちゃんと備品があるか、チェックする仕事だ。なかったら、報告して、大きな問題点洗いが行われるのだ。そこで、いつもはいないはずの社長が、なぜか、今日はやってきていた。
「佐藤君。元気かね?」
「はあ」
佐藤は訳が分からない。
「鈴木さん知っている?彼はとても恩があるんだよ」
社長はなにを言い出すんだ?鈴木?アレクサンドロスのことか?佐藤は嫌な予感がする。
「奥さんと別れたら、給料倍にするよ。独身貴族いいだろう?」
冗談じゃない。やっと見つけた浮気しない女なのだ。独身貴族などに、あこがれてもいない。
「すいません。社長。今のところ、結婚生活楽しいのですよ」
社長はなおも食い下がる。
「うむ。じゃあ、昇進したい?ん?」
「社長。もうやめてください」
社長は怒り、帰っていった。
妻に話すと、妻は言う。「鈴木って人、本当に市長みたい。この前、ポスターに写真のってたよ」
なんと、佐藤は怒った。いろいろな権力者のつてを使って、佐藤を追い詰めようというのか!
是が非でも、負けるものか!