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空白のイデア(14)

いつの間にか鈴木はどこかへ立ち去ってしまっていた。

暗闇に切り株があり、一人の老人が座っている。よくよく見ると、見覚えがある。

 

「よく頑張ったな。お前は父さんの誇りだ。どんなに苦しくとも、お前は負けなかった。自分の一番大切なものを守りとおしたんだ。それは、父さんにはできなかったことだ。私は、母さんを守ることができなかった。あの事故の日、私は胸騒ぎがしたんだ。でも、家に帰らなかった。気のせいだと思ってな。結果、母さんはいなくなった。私は何もかもから逃げ出したかった。家族からも、お前からも。でも、お前の小さな手は、私が生きることを後押ししてくれた。そして、今では、なんと大きな手になったのだろうか?私は誇りに思うよ。お前の手は、本当に大きくなった。この世界のどんな手より大きかったさ。最後に1つ言っておきたい。最後は自分自身を守るんだ。そして、それはお前の一番大切なものを守ることとも、同じ方向なはずだ。お前は、いつだって誇りだよ。母さんも、そう言ってる。どんなにお前が道を誤っていたとしても、私たちはお前を全身全霊で肯定するだろう。そのことだけは、忘れないでくれ」

 父は、それだけ言うと、満面の笑みを浮かべて、暗闇の光のない方へ歩きだす。ふりかえって、にこやかにこちらを見る。

「ありがとう。父さん、母さん」

 佐藤は一人残された土地でつぶやく。その息は、どこか甘く、どこか冷たい、それでいて、何よりもあたたかい吐息だった。

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