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イマジネーター(14)

 いい感じにのってきている。音楽のリズムに合わせて、体を動かす。先端まで意識をくばり、大きな呼吸を繰り返す。少しずつ体が大きく育ってきているイメージを持つ。なだらかな進みを感じる。なだらかな下り坂も感じる。そこには、かつて肉体の主だったものが、持っていたひとつの型が存在している。Aは奇妙なひっかかりをふと感じる。奥深くに刻まれた記憶。あなたは私の親友ですか?あなたは私の友達ですか?あなたは私を好きですか?あなたは私を愛していますか?様々な問いが生まれては、消えていく。何か、その消えていく過程を注意深く拾っていくと、さまざまな”人”そのものに行きついていく。かつて小学校で親友だった男。家が近所で遠く引っ越ししても、手紙をくれていたが、さすがにある時期からは、もう来なくなった。彼に返事をしなかったからだ。そう。その通りだ。薄情な人間だった(という記憶の渦がなだらかに流れるとともに、それを肯定する一人になろうとする気持ちそのものが、極大化していく。どんどんと大きくなる孤独への渇望はとどめようがない)中学校の時、親友だった男。そう、とても親切で、よくゲームセンターに誘ってくれた。ゲームの好きな人だった。走るのも、速かった(少なくとも私より)。その人とは、まったくある日を境に会わなくなった。そう二人同じような人がいた。お互い心に傷を(いや、むしろ相手に傷を与えながら、去ってしまったのだろう。だが、人間関係とは、そういうものだ、と一人考える)。高校の時、やたらと友達になろうとしていた人がいた。その人は、私のこと嫌いではなかったろうが、私がクラスからの嫌われ者だったため、私と仲良くするわけにはいかなかっただろう。人間関係において、私は常に嫌われ街道をまっしぐらに進んできたのだ。

 そこまで、いってAは自分自身に戻る。戻るというより、引き戻されたのだ。あまりに人間というのは、考えることが、他者のこと過ぎる、とAは思った。そして、Aはその感情そのものを魂の奥深くに鎮めようと、どんどんと手足を動かして、深く深くに入っていく。その中には、家族との思いでもあった。喧嘩をよくしていた兄弟同士、今では、ある程度の距離をもって、暮らしている。好きか、嫌いか、でいったら兄弟にも嫌われているとうっすらと感じる。しかし、そもそも家族とは、好き、嫌いの問題でないという奥深くに眠る根源的な価値観に触れると、その嫌われている感覚も、虚しくなってくる。Aはこの男の何か、孤独に祭り上げられた世界そのものを、よどみなく、読み解いて、何をなそうというのだろうか?Aはひとりまたつぶやく。「これが、人間か」

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