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読書感想「わたしがわたしを助けに行こう」

 私にもいるのかな?ナイトくん?

 私が何にもやもやを感じているのか?ナイトくんに聞いてみる?私を何から守っているのか?

 私が傷つかないように、人に嫌われていると思わせてくれている?

 私が傷つかないように、人と仲良くすることを避けさせてくれている?

 このあたりの理由は、少しそのあたりをゆるめていこう。

 このナイトくんになんと名前をつけよう。

「キーラさん」にしよう。

 Q:キーラさんはどうして人に嫌われたいの?人と仲良くしたくないの?

 A:仲良くなった人から嫌われて、傷つきたくないからだよ

Q:キーラさん、あなたのミッションはなんですか?

A:あなたがもともと嫌われているなら、嫌われているのが当たり前なら、傷つかないから。

Q:キーラさんあなたがそのミッションをやめたら、私がどうなると思っているの?

A:普通に接していって、普通に嫌われて、傷ついてしまう 立ち直れないほど深い傷をおってしまう

Q:ありがとう。キーラさんは、私のためにずっと私を守ってくれたんだね。ありがとう。わたしは、子供の頃よりも少し強くなったから、頑張りすぎなくていいんだよ。ありがとう。これからもそばにいて、私を助けてね!

A:ぽわーん(ゆるむ音)わかった!

 以上が私の中で、行ったワークだ。もやもやした気持ちが、まだ残っているが、少しなんだか軽くなったような気もする。相手が嫌っているから、私からは、いかない、というのは、なかなかそうかもしれないと思う内容だ。

 自分から関係を結びに行く気がないのも、そういった幼少期の嫌われ、いじめられ体験によるものかもしれない。そして、自分の中で、自分はいじめられて当然、嫌われて当然という認知がある。

 つまり、無口だったし、不愛想だったし、勉強はできたから、変に斜にかまえたようなところもあったし、で過去の自分、幼少期の自分、そして、そこから派生して、今の自分自身を否定する気持ちがやはり、大きく存在する。

 自分が人から嫌われるというのは、なかなか受け入れがたい事実なのかもしれないが、ただ、いまいち過去の体験以外は、根拠に乏しいかもしれない。今の自分が、嫌われるという自信がどのくらいあるか?と問われれば、そこまでないかもしれない。(実際は嫌われるかもしれないが、そこは、接してみないとわからない)

 問題は、私は、この嫌われ体験、嫌われる力を活かして、生きていくのが、いいのではないか?と考えていること。

 たまたま私を好きになる人もいるかもしれない。そういうこともあるだろう。

 だが、基本的に、私は私の嫌われる力(おそらく日本で5本の指に入ると信じている)を活かして、生きていけたらいいなあ、と改めて思った次第。必要悪みたいな形で、存在することができるのか?はたまた、そのまま消えてしまうのか?どうなるんだろうなあ、私の人生。久しぶりに何か暗い気持ちになってしまった。

 まだ自分の中で、嫌われて、当たり前という思考が、身についていないのか、受け止めて、生きていくことができないのか?まだまだ修行がたりないのだろう。

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