今日は起きたのは8時。いつもより早い時間である。なるべくキーから指を離さないようにしっかりと打つ。
昨日の夜の寝つきは悪くもなく、よくもなく、といったところだろうか。
少しずつ暗闇と眠る場所に体がなじんでいく、といった感覚である。
モーニングページのはじめの時間は8時19分。朝ごはんを食べてから書き始めている。
思えば、あったことや、なかったことを、日記形式で書いていくだけが、モーニングページの醍醐味ではない。
頭に浮かんだことを、そのまま書くだけでいいんだ、と知っている。私は知っているんだ。モーニングページがそういう自由なものだってこと。今日は病院に行って、診断を受けてこないとな。聞くのは、手帳の診断書を書いてもらえるか?と、ジェネリック医薬品について、効果はどうなのか?といったところ。主治医の先生や両親はある程度気にしているらしい。ここは、あえて先発医薬品を頼むという手もあるかもしれない。どちらにせよ、自立支援制度で安くなるならば、、、、。
生きる目的、意味について、なくても考えてしまうのは、なぜかな?そもそも、生きる意味などないのに?しかし、生きる価値そのものは、いろんな角度からあるのはあると思う。正解が何かってのは、決まってはいないけど、社会貢献などはよく言われていることだ。半面、私の現状は社会貢献とは程遠い現状かもしれないな、とは思う。生産性がないというか、何かを生み出しているわけではない。生み出しているのは、文章のみ、といったところか。それでも、まったく生み出さないよりは、まだ生産性があると思う。私にとって大事なのは、生産を続けることで、その価値を問うのは、またほかの人の役目になってくるだろう。私は私の文章を書いて、通院して、ごはんを食べて、眠って、くだらないことにキャッキャと笑う、くらいの人生で十分だと思う。
他に生きる意味目的としてあるのは、子孫を残すことかな?要するに子供を産み育てるという行為。私はすでに40代で子供もいないから、これにも当てはまる可能性は低い。そんなこといったら、多くの人が子供ができなかったり、結婚できなかったり、なので、どうなん?という意見もあるが、それは無職でも、同じことだ。無職の人も、子供を持たない人も、もちろん一定数いる。正確な統計はわからないけれども、その自分の現状を肯定できる人がどのくらいいるだろうか?少なくとも、ほしいけど、できない例は、かなり聞くところはある。無職の人については、働きたいけど、働き場がないというのは、あまり聞かない気がする。少なくともわたしの肌感覚ではあるが。
もうひとつ何か生きる目的、意味というのは、あるかな?と考えてみた場合、自己実現などが入るだろうか。自分の望む自分を実現させるという意味だ。なんだか、よくわからない表現になってしまったので、よりかみ砕いて説明すると、自分の理想とする自分の状態になること。 現実に自己がまさに現れる こと。充実した一つの生命として。この言葉をなんとなくに書き始めたが、なぜか、気分が高揚する。アゲアゲです。文章的にはゆるくなってしまいそうだが、そこに入ってきたのは、私の感じたこと。つまり、喜び、テンションが上がるという感情だった。これをさらに細かく分析すると、何かこう心が温まるような、感覚も同時に得たのだ。
それだけで、感情を呼び覚ます力があるだけで、モーニングページは大きな力があると感じる。私にとっては、少なくともそう感じるのだ。
さて、書くことがなくなったようで、何をどうしようか、と考える。書いている小説のこの先の予想、予測でもしようか。おおまかな流れとして記憶の中にある範囲内では、私の小説「空白のイデア」と「イマジネーター」は、まだ半分くらいのイメージかな。
というより、ふたつの作品とも連続性という意味に関しては薄く、各話ごとにTIPSのような形で、それぞれが独立している感覚もある。
「空白のイデア」に関して、佐藤はN教の教祖に、鈴木は内閣総理大臣に、ジェイクは裏稼業のボスになったわけで、クという少女は、島から連れ出されて、彼女の望みのままに、海深くに沈んだ。この自殺に似た願望は、当時の私の感情であり、なおかつ、モデルとなった双極性障害をわずらっていた女性のひとつの願望でもあっただろう。私も彼女も結局自殺はしなかったのだが。そして、鈴木の女性化について触れておこう。鈴木は佐藤の妻が死んでから佐藤の妻に似たような姿に変わっている記述がみられる。そこにあるのは、死者と生者の一体化した境界のない融合だ。つまり、記憶の中に引き継がれて、鈴木は佐藤を、佐藤は鈴木を、愛すべき存在として、とらえなおすことになる。その結果生まれた強固な絆は、トライアングルとして、ジェイクの見た信仰されるべき精霊としての佐藤の妻、と相まって、物語は、奇妙な様相を呈していく。これから先佐藤は引きこもりになり、ひとつの介護を受けるものとして、この世界に存在するだろう(少なくともその予定)。そして、鈴木は老いながらも、その職責を裏切られて手放すことになる。裏切るのは、私自身だ。私自身の影が鈴木を裏切る。(嫉妬、羨望、崇拝、自己の卑下、傲慢)すべての要素があいまって、鈴木は裏切られていく。そして、ジェイク!ジェイクには孫がいたのを覚えているだろうか?ジェイクの孫は、健全な大学生として、姿を現す。そして、真っ向から、ジェイクの仕事、やり方を否定するのだ。言葉にして、行動にして否定するのではなく、自らの究極の生をとおして、ジェイクの裏稼業(地下にもぐったアンダーグラウンド世界)を否定するのだ。そのとき、ジェイクは何を考え、何を感じるのか?こうご期待あれ!!
さあ、モーニングページも終わりにさしかかっている。ある程度の章だて、も行えるような余裕が出てきた。私はただ、私の鼻水が出るように、自然に私は書き続ける。そして、30分のモーニングページが終わる。