主人公は何故か元の壁のない世界に戻っている。影を見送って、図書館に戻っていったのが、第一部の最後だったので、これは少し意外だった。
40代半ばの主人公は、勤めていた職場を辞めて、図書館に勤めることになる。
自分から、突然書籍関連の会社を辞めて、その同僚のつてで、図書館を探してもらう。
そして、その図書館には、奇妙な人がいる。子易さんという人だ。彼は男?なのか?わからないけれども、ベレー帽をかぶり、スカートとタイツをはいている。私生活については、謎に包まれた人だ。もう一人名前をもった人物が出てくる添田さん。主人公と同じ”この土地の人間でない人間(よそもの)”である。
あらすじはそんなところだが、実際問題。急に職場をやめた主人公は、どんな気持ちだったのだろうか?自分自身と重ね合わせる。問題は、私の世界は、今もこの現実に未来として(その時点からみると)まだここに今起こりうる現実なのだ。私は統合失調症になって、他の人たちとの交流を当たり前のように避けてきた。それが、社会復帰を遅らせているのかもしれない。
子易さんは、おそらく性的マイノリティのある人LGBTの人ではないか、と思われる。それが、いつからか、どういう経緯でなったのか、どういう経緯でスカートをはくようになったのか?などが、いまだに謎として残されている。私自身も、なぜスカートをはかないかと言われると、明確な答えは、出せないのだが、あえて、スカートをはこうという気持ちにもならないからというのが、正直なところだ。実際問題。スカートをはく理由も、はかない理由も大した理由ではないかもしれないけれども、多くの男性は、スカートをはかない。多くの女性はスカートをはく。その事実だけが、過去から現在まで続いているにすぎない。
村上春樹作品にありがちな、人妻との不倫を考えると、人妻の添田さんと主人公は肉体関係をもつのではないか?と予想している。いつ、そのような場面にでくわすか、ハラハラドキドキしながら、見ている。この作品だけは、そういうテイストはないかもしれないことを願っているが、実際問題、だって村上春樹の作品だから、という理由で、あっさり却下されてしまいそうだ。
純愛をうたっているが、実際のところ、主人公は40代半ばまで純愛(喪失?)を抱えて生きてきたのだが、それを最後まで貫くのか、それとも、他の人と絆を結ぶのかは、まだまだ半分も進んでいない作品なので、よくわからない。ただ、今の世界から、君(思い出の彼女、あるいは街にいた図書館の彼女)はいなくなったのが、この流れの中で、一番大きな流れだと思う。少し俯瞰的に作品を見れているのは、自分にとって、好ましいことらしい。