毎日決まった時間に書けるならば、書いてみよう。書くのを習慣化するのだ
モーニングページを毎日起きた時に書く。30分間ひたすら書き続ける。紙に書くか、パソコンで書くか?は迷うところだが、それなりに答えは、いずれ出るだろうと思う。それまでは、パソコンでやってみよう。現代人らしく。しかし、やはり、机に座ってパソコンで文章を書くだけで、だいぶ楽だ。寝転がって文章を書く(キーボードを打つ、たたく)のは、かなり大変な作業で、腰にも、よくないようだ。
現実に今日3000歩近く歩いただけで、腰に違和感を感じてしまった。なかなか腰をそらす動きそのものが、腰痛を引き起こす可能性について、いろいろと考えている。それにしても、午前中から午後の動き。やったことを書き出してみる。
9時~9時半パソコンをつけて、何気なく大谷選手の試合などをチェック。
9時半~10時 モーニングページを書く。
10時~10時半くらい 村上春樹の小説「不確かな壁とその街」を読む。
10時半~11時 家の中を歩く。
11時~ウェブライターに関する動画を見る。病院の診察の混み状況を確認
12時~昼ごはん
12時15分~ウェブライター講座(ヒューマンアカデミー)を申しこむ27720円
その後、アドビの毎月課金を停止する(中途解約のため17000円ほどかかる予定)
11月の支払いは6~7万いきそう。
13時~パソコンを机にもってきて、音楽を聴きながら、ネットニュースを読む。医療系のねっと記事を読む。医療系ウェブライターという語で検索。どうやら、ウェブライターにも興味があるようだ。
14時~小説を執筆集中力がのっていたのか、長文になってしまった(ほぼほぼ改行なし 文の切れ目がほとんどないような)。それも、私の感性の中なので、そのままにしておく。
15時ニコニコ生放送を見ながら(無職のまー、音声だけの女の子(後にメイド姿で顔出ししていた))ネットで「統合失調症 ウェブライター」や「統合失調症 小説家」で検索。
佐久本さんっていう方がいるらしい、と知る。私も当事者作家として、なんとか活動を広げていきたいものだ。
活動している人自体は少ないなあと感じた。
実際に小説を発表している人も、また少ない。
書いているのかな?って感じの人は多いけれど、実際に小説をネットで発表しているわけではないらしい。
賞に応募して受賞してこそ、小説家であることには、一理あると思う。
でも、私はそういう道を歩まないだろう。
あああ!大事なことを忘れていた。
14時から「おやつタイム」試合から帰ってきた父とも一緒にミルクレープを食べる。甘く、クリームもおいしくて、最高だった。温かい紅茶もいれてもらった(英国製の母がおみやげにもらったもの)。話もわりと弾んで楽しかった。
17時~夕食 弟夫婦も来て、にぎやかに食べる。少し弟が気を使ってか、話しかけてくれるようになった。弟も職場にいかなくなって、一時落ち込んでいるのか、しんどそうだな、と思うこともあったが、だいぶ回復してきているようで、うれしい。
少しずつ私自身にも、回復の兆しが見えてきている。(長期的には、そう長期的には間違いなくそうである)
現に勉強をしたいと思っていて、その一歩を踏み出せたこと(障害年金の結果を待ってから動こうと思っていたが、時間がかかりすぎるため、早期に決定したウェブライティング講座)。
夕方に感じていた、不安感や虚しさ、日中感じていた虚しさや不安感、さみしさがなくなっていったのは、回復の前兆なのだろうか?
波はあるので、まだまだ予断は許さないが、未来へ向けて、何か、こう方向が定まったようで、すすむべき道が見えたようで、うれしい。
私が生きている意味、理由は、何かを残すことだと思われるが、その何か、が何なのか、はまだ見えていない。
小説を通して、それをうまく出していけるように、運命という名の小説を書ききれるように、日々精進していこう。
今日病院に行くことも考えたが、なんとなく疲れを感じていかなかった。明後日は予定通り行くだろう。先生に小説を書いているのを話していたかな?私は、よく覚えていない。一応話しておこう。ネットのサイトの情報では、統合失調症で小説を書くと、妄想が刺激されてしまい調子が悪くなったという方もいるそうなので、一応報告しておこう。そして、方向性として、ウェブライターやブログライター、小説家として、生きていくことを決めた!と宣言してもよさそうだ。それができるかは、別問題だが、今の私の気持ちとしては、小説家の比重が大きい。当事者、小説家として、大いに努力しよう!
モーニングページの効果だろうか?とてもたくさんの文章を書けるようになっている。今日の執筆量は今年に入って、一番だし病気が再発してからも、一番だろう。ぼちぼち一度物語が終わる段階が来たら、一度ちゃんとKINDLE本として出すことになる。一体、あらすじをなんと説明したらいいのか、前文をなんと書くべきか、悩むところではある。