東京で新聞配達をしていて、幻聴が聞こえはじめ、妄想がひどくなり、職場を飛び出す。(一番長く勤めた介護系の職場も、同じような辞め方)
そこから、両親に鎌倉まで迎えに来てもらって、実家に戻る。そこから、しばらく療養。そこから、大学に復学したりしてたけど、結局難しかった。大学は限界ギリギリの年数まで行って、やめた。卒業できなかったのは、心残りだけども、いろいろな方にお世話になって、ありがたかったのをおぼえている。だけども、結局はダメだったなあ。
対人恐怖症気味だったんだろうか?
そもそも、病気の兆候が、あって、病気を抱えながら、学業も行う、しかも一人暮らし。今思えば、ハードルが高すぎる。
親にはいっぱい迷惑かけてしまった。
大学辞めてから、自宅にずっとひきこもっていたな。父の定年のときに、また働き始めたが、その職場でも、うまくいかなかった。みんな優しくて、長く続いたのだけども、結局最後飛び出す形になって、辞めてしまった。
私は社会不適合者なのだと思う。本当にそう思う。そんな人が殺してもらえるわけでもなく、生きていくには、どうしたらいいのだろうか? 基本的には、居場所や公的支援で、なんとか生きていくくらいしかないかなあ。いまだに、社会に出たら、人に迷惑かける可能性が高いと思うわけだ。
それと、自信もなくしているよね。どうせ自分は社会の役に立たないんだっていうね。
できることは、あるんだろうけど、今の現状、なかなか意欲、認知、思考能力の低下なども、あり、簡単にはいかない様子。チャレンジはいつでも歓迎よ。と自分自身に言い聞かせているが、なかなか踏み出せないね。もっと、自分でできる創作的なチャレンジを深めていこう。そのための意欲が、昔(病気が再発した4月とか5月)はあったのに、今はなくなってしまっている。これが、陰性症状なのか?と一人おびえているのか?それとも、喜んでいるのか?何を?何もしないで、いい免罪符?よくわからない。思考は乱れに乱れとび、脈絡をえない音楽のソナタを奏でるのみ。