自分自身と対峙する。ただ、ここにある空白を感じる。
何もない自分を感じる。なんの感情もわかない自分を感じる。
私はしかし、この世界に存在して、行動している。
朝起きたのは6時ごろ。トイレに行って、野球の動画を見る。
昨日優勝したプロ野球のソフトバンクホークスの動画を見て、うーん、そうか、とうなる。
ソフトバンクファンでもないが、なんとなく見たくなってパリーグTVから見た。
そこから、6時半ころに父が出かける気配。
私ものそのそと起き出す。
昨日良かったことは、紙の本がある程度読めたこと。
フィッツジェラルドのグレートギャッツビー(村上春樹訳)を少し冒頭読めた。
あまり頭に入ってこなかった。私が、ある程度の中産階級以上の出身で、ひとり働きに出たとか、そんなくらいかな?固有名詞の町や、自然の情景の描写もあったようだが、まったく頭に入らず。
あとは「わたしはわたしのままで生きることにした」という韓国の人の本。どこかの本屋さんで見つけて、買った覚えがある。こちらは、わりとすんなり読めた気もするし、楽しかった。
だけれども、頭に入らない感覚はあった。
そして、他にも2,3冊手に取ってパラパラと読み進めてみた。
結果、今日は私はあまり頭が活発に働いている状態ではない。
少なくとも、内面的に何かがあふれている状態ではない。
何か奇妙な感覚。書きたいわけでもないけど、書きたくないわけでもない。
書いても、書かなくても、どっちでもよいよ、という状態。
いまだにアクセス数を見て、気にしているのは、やっぱり読んでほしいと思っているからだろう。
自分の話は、あまりしないのに、文字で打ったものは、読んでほしいと願っているのか?
会話は苦手なぶん、書くことで自分を表現しようとしているのか?
それでいいじゃない。
コミュニケーションは苦手だ。
向いている仕事は、やはりウェブデザインというより、プログラミングとかコードを書いていくほうじゃないかなあと感じる。
少なくとも、文字を書いていくことが、私にとって大事なのではないだろうか?と感じる。
つたない文章であると感じる。うん。わかる。
でも、私は自分を否定しない。それが私の色だとわかっている。
私は、私だけの文章を上手い99パーセントより、へたくそな1パーセントで己を示すのだ。
自分を示すのだ。
自分を表すのだ。